ヴェネナム
つけた瞬間の温かなマサラチャイから、少し時間が経った米粉、数時間後のなめらかなサンダルウッドへ移る香りです。三つが重なったまま、肌によって丸いチャイ、酸味、お米のお菓子のような香ばしさのどれが目立つかが変わります。
#461 · 2026-08-23
香水の基本情報と第一印象
ラルチザン パフュームのヴェネナムは、2016年に登場した75 mlのオードパルファムです。現在はラ・ボタニークの一作として販売されています。暗いボトルの内側にあるのは、クリーミーなマサラチャイ、パウダリーなライス、ミルキーなサンダルウッド。見た目の夜とは対照的に、温度ははっきりと暖かい香りです。
ただし、甘いミルクティーをそのまま香水にしたわけではありません。ライスが米粉や淡いでんぷんのような乾きを加え、サンダルウッドが木の静けさを残します。チャイの親しみやすさに、穀物の粉質と暗い植物世界が重なる。柔らかいのに、すべてを見せ切らない香りです。
公式が描くのは、クリーミーなマサラチャイ、黄金色の水田、インド産サンダルウッドが交わる場面。そして、幸福感に半ば浸りながら、その下に何が潜んでいるか分からない瞬間です。安心と未知が同じ場所にあるため、グルマンの甘さだけでは説明できない陰影が生まれます。
調香師・ブランドの背景と制作秘話
調香師はダフネ・ブジェ。10歳の頃から調香師を志し、現在はディーエスエム・フィルメニッヒのプリンシパル パフューマーを務めます。世界各地への旅を創作の刺激とし、自由、自発性、大胆さを重んじる人物です。ヴェネナムでは、飲み物、穀物、木という別々の領域を、同じ乳白色の温度へ結びました。
ボトルに残る数字「32」は、香料の数でも作品の通し番号でもありません。ダフネ・ブジェが望む均衡へたどり着くまでに試した回数です。完成品に数字を残すことで、整った香りの後ろに32回の試行があったことまで見える仕掛けになっています。ただし、31回が失敗で32回目だけが成功した、という意味までは示されていません。
ラ・ボタニークは、夜に目覚める秘密の動植物を香りに移すコレクションです。香りはダフネ・ブジェ、植物画はケイティ・スコットが担当しました。暗色の多面体ボトルには、ヴェネナムの名称と数字「32」が残り、温かなチャイの香りに暗い植物画が組み合わさります。
香りの詳細分析
ヴェネナムの公式構造は、トップ、ミドル、ラストの時間階層ではありません。ライス、サンダルウッド、マサラチャイを、三つのキーノートとして並べます。どれか一つを最初や最後へ固定せず、甘さ、乾き、木の温度が同時に支え合う構造です。
マサラチャイが作るのは、温かなスパイスとミルクティーの湯気。つけ始めにこの要素を強く感じる人は多いものの、個々の香辛料の出方は肌で変わります。甘く丸いチャイになる人もいれば、スパイスの刺激や酸味が先に立つ人もいます。
ライスは、炊きたての白米をそのまま写した匂いではありません。現代的でパウダリー。米粉、乾いた穀物、淡いでんぷんのような質感です。少し時間が経つと、ライスの乾いた粉っぽさを感じる人もいます。香ばしいお米のお菓子やパンのように感じる人もいるようです。
サンダルウッドは、尖った乾燥した木の香りではなく、クリーミーでミルキーです。チャイと米の角を丸くし、後半に穏やかな木質を残します。着用者には、最初にスパイス、次に米粉や穀物、後半に木を意識する人がいますが、これは決められた三段階ではありません。三つが重なったまま、意識する部分だけがゆっくり入れ替わります。
色に置き換えるなら乳白色と淡い金色。重さは中程度からやや密度があり、温かい空気が肌の近くへまとまります。三つは重なったまま、肌によって丸いチャイ、酸味、お米のお菓子のような香ばしさのどれが目立つかが変わります。
他の香水との比較・ポジショニング
第249回で扱ったBDKパルファムのグリ・シャーネルは、紅茶、スパイス、サンダルウッドという接点を持ちます。グリ・シャーネルはフィグとドライな木質が作る都会的な陰影へ。ヴェネナムは米とミルキーなチャイで、穀物の粉質と食べ物の温度を強く持ちます。紅茶の乾いた洗練か、温かなチャイと米の包容感か。選ぶ方向が違います。
第173回で扱ったディプティックのロー パピエも、米を使う香水です。ロー パピエは、米の湯気に焙煎ゴマとホワイトムスクが重なり、やわらかな紙のように香ります。ヴェネナムは、乾いた米粉とミルキーなチャイで、もっと温かくスパイシーです。同じ米でも、静かな紙の香りと温かなチャイの香りでは方向が違います。
キリアン パリのサクレッド ウッドと比べると、サンダルウッドの役割が見えます。サクレッド ウッドは木そのものの滑らかさやクリーミーさへ焦点を絞る香り。ヴェネナムは、その木にチャイのスパイスと米の穀物感を重ねます。茶、米、木を一本ずつ照らすと、三つを一つの温度へ結ぶヴェネナムの位置がはっきりします。
購入ガイド・価格・おすすめ度
ヴェネナムは、2016年にナチュラ・ファブラリスの「32 ヴェネナム」として登場しました。現在はラ・ボタニークの「ヴェネナム」として販売されています。調香師、75 mlのオードパルファム、ライス、サンダルウッド、マサラチャイという核は共通です。コレクション名、数字の見せ方、ラベル、公式の物語、価格が変わりましたが、処方差や別濃度の派生版は明らかになっていません。旧版の方が濃い、現行の方が軽いといった差も決まっていないため、外見だけで強さを予想せず、現行品は肌で確かめたいところです。
発売時は75 ml、160ユーロと紹介され、2026年8月22日のフランスでの価格は250ユーロです。日本円の支払額は為替、税、送料で変わり、日本の定価とは別です。容量と価格を考えると、最初から一本を買うより、サンプルや店頭で一日の変化を確かめる方が判断しやすいでしょう。
試香では、最初のマサラチャイだけで決めないこと。手首へ少量つけ、米粉や乾いた穀物、サンダルウッドが見えてくる数時間後まで待ちます。温かなグルマンが好きでも、酸味やお米のお菓子のような乾いた香ばしさが苦手なら相性が分かれます。逆に、甘いだけではないチャイ香、木の落ち着き、少し癖のある穀物感を求める人には、代わりを見つけにくい組み合わせです。
実際の使用感・シーン・評判
秋や冬は、チャイの湯気、米粉の柔らかさ、サンダルウッドの温かさを感じやすい季節です。肌寒い春の日にも合わせられます。真夏の高温多湿では、ミルキーさやスパイスが重くなり、酸味として出ることも。夜の読書、静かな食事、少人数で過ごす室内など、近い距離で温度を味わえる時間が似合います。広い場所へ強く飛ばすより、手の届く範囲で香りの変化を待ちたい一本です。
ニットやコート、落ち着いた色の服とは合わせやすい一方、職場、会食、交通機関では少量から。持続は中程度からやや長め、広がりは控えめから中程度ですが、肌や量によってはかなり強く出ることがあります。つけてから5〜6時間ほどはっきり香り、その後も肌に残る場合があるため、閉じた空間では思った以上に存在感が出るかもしれません。
好意的な人は、ミルキーでスパイシーなチャイ、柔らかなサンダルウッド、トーストした穀物の安心感を挙げます。苦手な人は、中盤の酸味、お米のお菓子やポン菓子のような乾いた感触、強さや重さを挙げます。同じライスが、優しい粉にも、香ばしいお菓子にも、乾いた違和感にもなる。その振れ幅こそ、ヴェネナムを試香して選びたい理由です。


